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【感動するコピペ】俺の親父は世界一




親父をカッコイイと思った時


4 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 22:56:49.44 ID:K+dnZi3L0
  なんか上野駅で困ってる外人にフランス語使ってバシッと道教えてた時はかっこよかった

12 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 23:03:14.00 ID:fwosW4lw0
  姑問題で母ちゃんがプチ家出した夜
  俺に「俺(父親)は今でも○○(母親)が大好きだ、俺の嫁はアイツしかいない」
  それ聞いてなんでか泣いた

16 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 23:05:05.41 ID:Tu8LwRwCO
  運動会の父兄参加種目リレーでごぼう抜きしたとき

21 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 23:07:45.62 ID:r5A2fsl30
  ご飯三合食べちゃうところ

22 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 23:08:37.99 ID:SiYsVrPf0
  俺がどうしても解けなくって悔しかった問題をささっと解いちゃったとき

31 VIPがお送りします。 [sage]  2007/11/26(月) 23:41:55.00 ID:sYmgxsaz0
  会社で嫌われてるのに頑張って行ってるところ

32 VIPがお送りします。 []  2007/11/26(月) 23:47:50.58 ID:ZK0gF727O
  一人暮らしして思ったが
  当たり前のように家族5人を養ってる親父を認識した時
  たまのパチンコで勝っても全部家計に回してたのを知った時

  すげー親父ではないが俺は親父を世界一尊敬してる



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【感動するコピペ】もやしみたいな弟なのに




たいしたことないから暇つぶし程度に読んでくれ。

高校の時に親が再婚して半年くらいしか年の違わない弟が出来た。
(弟の方が俺の高校に転校してくる形)

俺、ラグビー部。体型は室伏。
弟、美術部。体型はモヤシかカイワレ。

高校にもなって兄弟よーなんて言われてもなじめず、
お互いよそよそしい状態で、名前にさん付けで呼んでた。

ある日俺は学校帰りにヤンキーに絡まれていた。

何度かあったことだし、なんだかんだ絡んでくるくせに喧嘩をふっかけては
来なかったので、やれやれ…程度のリアクションだった俺の後ろから叫んで
飛び出した奴がいた。

「おおおお俺のお兄ちゃんになにすんだぁぁぁ!」

必死になってヤンキー相手にカバン振り回して追っ払ったのは弟だった。

これまで「T(俺)さん」としか呼ばなかったひょろい弟が、
俺の危機と思ったらしく、足もつれさせて転びながら。

後にも先にも弟があんなでかい声出したのはそん時だけだったが
今では親元離れて一緒に住みながら俺は福祉の学校、弟は美大に通ってる。

俺の弟の武勇伝でした。まとまらん文ですまない。


【感動するコピペ】天国からのメール




姉と妹は母と、私は父と、それぞれ仲がいい。

去年の秋、父が亡くなった。

父の携帯は解約したけど、家で話す相手のいない私は父のメアドにメールを送った。
「パパに会いたい」「パパ助けて」「もう死にたい」…
宛先不明で返って来るのに、バカみたいに泣いて何通も送っていた。

受験前、母からメールが入った。

タイトルは「パパより」

もう正直、最初は「はぁあぁっ?」って感じで本文を読む気にもなれなくて放っておいた。
でも、なんか、試験の前日になってメールを開いたら

「パパはいつでも君を見ています。
 パパは今も君の傍にいます。
 君はパパの宝物、
 いつまでもいつまでも愛しています。」

「なんだよ、パパのフリしてんじゃねーよ、バーカ」って言いながら、涙が止まらなかった。

家に話す相手がいないのは、私が話しかけなかったから。
話しかけられても、私が無視していたから。

本当はみんなわかってたけど、自分からは何も変えられなかった。

このメールはそんな私を心配して、パパがママの心を通じて送ってくれたメールなんだ。

母のアドレスの父に、私は返信した。
「パパ、私は大丈夫だよ。大好きな家族がいるからね」


【感動するコピペ】ただいま




今から10年程前ちょっとした言葉の食い違いから両親と4年間連絡を絶っていた時期があった。
その当時は、あんな親なんかいなくても自分ひとりで生きていくつもりでいた。
しかし、自分も年齢を重ね社会にでていろいろなことを学ぶうちに、いつまでこんなことを続けるのか?という気持ちが生まれ始めてきた。
しかし、親に大見栄を切った手前、自分から連絡することが出来ずにいた。

そんなある日、父から手紙が届いた。
「もう充分だろう。一度帰って来い」と…。
父は、私の居場所を知っていたのだ。
知っているのに知らないふりをして見守っていてくれたのだ。
そんなことも知らずに、一人いきがっていた私。
なんて子供だったのだろう。
家の中では気の強い母の尻に敷かれていた父。
しかし、私と母がどんなに衝突しても私の味方についてくれた。
そのとき、今までのことを素直に謝れる気がした。実家に帰る決心がついた。

懐かしい玄関の前に立ち、チャイムを鳴らすとあの頃よりもちょっと老け込んだ母と、大きくなった弟が、あの頃のように出迎えてくれた。
四年前の空気が変わらずそこにはあった。

そして、何気なく玄関を見渡し、私は動けなくなってしまった。
そこに飾ってあったのは、私が高校生のときに授業で作った七宝焼きの皿だった。
上を見上げると、私の作った壁掛け時計もある。
…四年前と変わらずに。

母は、こんな私の作ったものを変わらずに飾っていてくれたのか。
それを見て何を思っていたのか。
私はといえば、実家に関するものはすべてしまい込み、それについて考えないように、いや、あえて嫌いになろうとし続けてきた。
私は何をしていたのか…。

涙をこらえて、こう言うのが精一杯だった。
「ただいま…」
涙で曇って顔は見えなかったが、お帰りと明るく言う母の声は何も変わるところはなかった。


【感動するコピペ】コンビニの客




俺はセイコーマートで働いて三年目になる。いつもくる小さな子の話を一つ。
その子は生まれつき目が見えないらしく白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うちの店を訪れる客だった。
ある日、その子が一人で入口の前に立っている。入口のドアが引くタイプだったので俺はドアを開けてあげようとした。
その瞬間!同年代らしき糞ガキ二人が「お前さぁ、目見えねぇんだろ?素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもしてろよ。バカだなぁ」といった。
さすがに俺も障害をもった人間に冷たくする人間は許せなかったので入口に向かったその時!
ガキの片方が「ほら、先に入れよ。ドア開けといてやるからよ。」と言った。
そしてその子の手をつなぎ、「何買いに来たんだ?」と二人組の片方が言うと、その子は「お母さんがすごい熱が出てるの。だから水枕に入れる氷買いにきたの。」と言った。
そして俺がレジで「398円です。」と言うと、二人組が「いいよ。俺が出しといてやるよ!そのかわりお前のお母ちゃんがよくなったら俺たちと遊べよな!」といい会計をすました。
そしてきっとその子の家までだろう。片方が氷をもち、片方はその子の手を繋いで帰っていった。
小さな子ども達の友情に感動!



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